Artist Interview

#14 藤井 健一郎

人が行き交う街中に佇む、真っ白な四角い建物。扉を開けると屋上へつながる長い階段が現れる。どこか物語の世界に迷い込んだような気持ちを抱きながらアプローチを進んでゆくとたどり着く「krank/marcello」。そこには、お店を営む藤井健一郎さんの空想で描かれた景色が広がっている。

大きなアンティークのキャビネットの扉を開くと現れる暗闇と光。火を灯すと浮かぶ繊細な影。小さないきものたちが織りなす不思議な世界。それぞれの物語を藤井さんから聞くうちに、すっかり魅了されていることに気づく。

静かな音楽が流れる心地よい空間で、お店をはじめたきっかけや活動のこと、そして藤井さんにとっての暮らしにおけるアートの存在について話を伺った。

お店をはじめたきっかけを教えてください。

元々、ヨーロッパヴィンテージの洋服店で働いていました。2002年頃に自分の店を持つことになって、セレクトショップというのはちょっと気恥ずかしかったのと古いものが好きだったので、ヨーロッパで古い道具を集めてきて、洋服とミックスしたお店を始めました。内装も全部自分たちで作った4坪の小さなお店でした。

ちょうどその時、お店で使う家具をいろいろ探していたんですが国内にはいいなというものが少なくて。それでヨーロッパに行って探してみると欲しいものがいっぱいあって、きっと自分のようにお店を始める人たちは、こういう家具があれば喜ぶんじゃないかなと思い家具屋を始めました。

その頃はどのような家具を扱っていたのですか?

扱っていたのはヨーロッパのヴィンテージでしたが、今とは真逆の雰囲気ですべて鉄製の無骨で工業的なかんじのものでした。

2〜3年経った頃、自分のなかでそういったものに違和感が生まれて。本当にこれ一生やるかな?とかいろんなことを考えるようになり、一緒にお店を営んでいた弟に相談しました。「全部ウッドで、塗装を剥いだ家具っていうのをやってみたいって、実は前から思ってたんだよね」って。そんなことがやれるかどうかもわからなかったけど、全部塗装を剥いだ家具で揃ったらすごいいいと思うんだよねという話をしたら、弟もいいねって言ってくれて。そこからすべてウッドに変えて。そしたらびっくりするくらい売り上げが落ちて(笑)。

それは大変!でも、当時は塗装をすべて剥いだ家具を扱うお店は珍しかったのでは?

ヨーロッパではちらほらあったけど、それだけでやっているお店はなかったと思います。だから自分たちで剥ぐしかないなって思ってやってみたらすごくよかった。木肌の見える感じがすごく好きで、それだけで揃えました。その頃日本にはこういうお店はなかったので、遠くから見に来る人もいましたね。

それから作品を制作するようになったのは?

アンティークの家具やランプだけでお店のディスプレイをしていたんですが「アンティークの世界観」っていうのに違和感があって。僕はアンティークだから好きっていうのがあんまりなくて、自分が思う空想の世界にたまたまぴったりくるのがアンティーク家具だった、っていうだけの話。アンティーク家具が好きというよりもそれがある世界が好き、みたいなほうが強くて、だから鳥が止まっている椅子とかあったらすごい好きな世界になるなと思い、最初にディスプレイでつくりはじめたのがきっかけでした。

空想は日ごろからしているんですか?

うん、日ごろから。生まれつきだと思います。仕事だからやっているとかでなく。この仕事をしていなくてもそういう人生にしたかったから。僕のテーマは「人生コスプレ」。自分が好きな世界観を作って、その中での主人公はこんな音楽が好きで、こういう恰好していて、こういう車に乗っていて・・・っていうのを空想するのが僕は楽しい。小さい時から好きですね。

日々の暮らしで心掛けていること、大切にしていることはありますか?

背伸びをしないこと。
弟と一緒に仕事をしていると、見られたくない姿っていうのがあるじゃないですか。僕が急に芸術家みたいなことを言い始めたりとか、急に大人の男みたいになりだしたら、そういうのって弟には見られたくないじゃない(笑)。
だから絶対に背伸びしないっていうのを決めて生きてる。どう思われてもそのままがいい。作家っぽくしようなんて思わないし、そうしだしたなって弟に思われるのが嫌(笑)。

好きなアート作品はありますか?

唯一、カメラマンでアーティストのグレゴリー・コルベールの作品が好きですね。東京で展示があったときは、日帰りで一人で観に行きました。
好きなところは、もちろん写真の色合い、被写体、空気感も大好きですけど、作品から受ける想像力がとにかく大好きです。今回のテーマでもある、「空想と現実の間にあるもの」を本当に体現されてるアーティストだと思います。

自宅に飾っている作品はありますか?

krankで展示をしてくださっている作家のものが多いですかね。
展示をする作家は、僕は必ず一度は見に行って買うっていうのをルールにしていて。本当に買ってよかったなって思えるものを展示するようにしています。

藤井さんにとって、暮らしにおけるアートの存在とは何ですか?

たとえばおしゃれな女の子がモテるとするでしょ。みんなおしゃれな洋服を着るようになる。でも、僕ずっと洋服屋をしていて思っているんだけど、おしゃれな服を着ていてもモテないんですよね。じゃあなんでその人がモテるのかっていうと、自分がいいなって思う服を着てると、朝からちょっと気分が良くなる。気分が良くなるとその日はちょっと笑顔が増えたりとか、人にやさしくできたりとかしていることで、結局モテてるんですよね。だから洋服自体ではなくて、洋服を着ることによる自分の気持ちのような気がしていて。

アートって全部それだと思うんです。玄関にアートを飾ったとしたら、部屋がおしゃれになるってことよりもそれを朝観て家を出ると、嬉しい気分で外に出られるっていうことがすごい大切なことのような気がします。アートって自分の気持ちを買うんだっていうことのような気がするんですよね。

2024年9月27日からスタートする "TOKYO ARTSCAPES 2024" krank『MOTHER ―空想と現実のあいだにあるものー』展をどう楽しんでもらいたいですか?

アートとか芸術って言われたら、そういう知識がいるのかなって構えてしまうところがみんなあるような気がしていて。でも僕らだって詳しいわけでもなく、ただ好きで見に行ってるだけなんですよね。たとえば30分だけでもアートの展示を観ると、その日は心地よかったってことがあるから、それを体感してくれたらいいなと思います。

僕は家具屋であってアーティストじゃないから、この作品展でメッセージを受け取ってくれ、とかはまったくないから。その人それぞれの楽しみ方で楽しんでくれたらいいんじゃないかなって思います。

photo : Yuki Katsumura,
interview : Megumi Kobayashi
Interviewed in September 2024.

藤井 健一郎ふじい けんいちろう

福岡は糸島生まれ、糸島育ち。音楽学校卒業後、音楽活動を継続しつつ、2002年12月、marcelloを設立。その後2004年2月、アンティーク家具krankを設立し、全国各地での個展をスタートさせる。2010年株式会社sleepを設立。近年では、作品制作.空間プロデュース.舞台演出に加えて、音楽経験を生かした音源制作にも携わる。