Interview

#06 二階堂明弘

伊豆・修善寺近くの山の上。季節のうつろいを感じられる自然豊かな場所を拠点に活動する、陶芸家の二階堂明弘さん。ろくろの上の粘土がまるで命を吹き込まれたようにさまざまな形に変わり、皿や鉢などの日常のうつわ、茶道具や花器などの作品が生まれてゆく。

土を焼きしめたままの薄造りの器は、繊細な美しさを持ちながら使い込むほどに変化を遂げる。まるで器を育てているような感覚が心地よく愉しい。

夏から秋へ季節が移りかわる頃、二階堂さんが陶芸家として活動をはじめたきっかけや暮らしにおけるアートの存在について伺った。

陶芸家として活動を始めたきっかけを教えてください。

陶芸家になろうと思ったのは高校生の頃。バブル経済が破綻するのを目の当たりにしました。それまで良しとされてきた価値観が瓦解していくのを感じ、このまま大学にいってできるだけ良い会社に就職する、という未来に疑問を感じました。

どうせ生きていかねばならないのなら、何かしら自分で作れるものを。「手のなかに残る、確かなことをしたい」と朧気ながらに思い、たまたま毎日の食卓にあがる陶芸家さんの器が好きだったこともあり、陶芸家になろうと思いました。それはもう突然のことでしたが、そのとき絶対になると決めてしまったように思います。

その後、家の食卓にあがっていた器を作った陶芸家にお会いしてお話を伺ったとき、陶芸家になるのに一番大切なことは「続けることだ」とおっしゃっていました。高校生の自分は「そうなんだ」くらいにしか感じていなかったように思いますが、今になって他のどんな方の言葉より確かな言葉だったと感じています。きっかけは思い込みのようなものだったり、勘違いだったのかもしれません。でもそれを確かにしていくのは、続けていく意思なんだと思います。

作品を制作するうえで、大切にしていることや心がけていることはどのようなことですか。

土から何かを作り出す、ということは古代から続けられてきたことです。1万年以上の歳月で人は少しずつ技術を磨き、より良いものを、より美しいものを作り出してきたんですよね。鎖の連鎖のように人の意志が連なって、こうして今自分が陶芸をできていると思うんです。

実は工業的なセラミックという分野ではなく、個人作家が主にする陶芸においての基本から高度な技術までは、ほとんど先人達が完成させてしまっているんです。だから僕は一過性の目新しいことをするのではなく、先人達が繋いでくれた鎖のなかで、できるだけ本質に近く自分の感性で美しいと思うもの、そしてできれば今までなかったものを作りだせたらと思っています。

作品のインスピレーションとなるものはどのようなことやものですか。

器を主につくっているので、世界各地で個展をして足を運ぶことは刺激になります。器はその国々の食文化やもてなしを明確にあらわすので、どんな使い方をするのか?どんな料理が盛られるのか?どんなテーブルコーディネートをするのか?などは刺激になります。残念ながら今はコロナでどこにもいけないのですけどね。

あとは自然の移り変わり。たとえば夜空の星を見上げたりしたときに人の小ささを感じ、大地の大きさを感じたりするのも重要な気がします。今は山の上に住んでいるので、同じ目線の高さに雲や山があります。そこから見える街の小ささに人の営みを愛しいと感じたりすること。この星がうまれ、大地が噴火し山がうまれ、岩が風化し土となります。その土を焼き硬めて陶にします。大きなサイクルを感じながら、その恩恵の中でできるだけ土が持つ美しさを自分なりに引き出しせたらと思っています。

アーティストであり、日々を暮らす生活者でもある二階堂さんにとって、暮らしにおけるアートとはどのような存在ですか?

アートの定義は僕にとって難しいです。世間的に価値のあるものだけがアートではなく、その辺に転がっているものを美しいと思ったり、恐ろしいと感じたり。醜悪なものも含めて心を動かされるものは、ある意味、すべてアートなのかなと思ったりします。

今住んでいるところだけでなく、ずっと田舎に住んでいるので、その辺で落ちている物で美を感じたりすることがよくあります。松ぼっくりや木の実、鳥の巣を拾ったり。朽ちた釘やら、金具を拾って持って帰ったり。

もちろん版画や絵画も飾ったりします。それらも含めて自分の心が動いたものを自分の意志で選びとり、生活の中に置くことができるのは素晴らしいことではないでしょうか。他者から見たらゴミのようなものかもしれない。でも自分にとって価値のあるものを自分で選び取ることができるのは人として強いと思います。アートってその人自身、何が好きか?何が重要と思い向き合ってきたか?そして何に価値を置くか。誰と何を共感できるのか、したいのか。自分も他者も含めて人生をより良くしていくような価値がアートなのかもなぁ、なんて最近は考えたりしますが、まだまだよくわかりません。

ご自身でお持ちのアート作品で思い入れのあるものを教えてください。

一般的にはアート作品ではないと思いますが、食器棚が好きです。古い食卓を磨き出しリノベーションしたものです。益子に住んでいた頃、仁平古家具店で購入しました。仁平古家具店は、古家具を修繕し磨き出して道具として再び命を吹き込み店頭に並べています。そういった時を経た家具が好きなのですが、陶芸家としてまだまだ余裕のない頃は眺めるだけでした。ある程度仕事に余裕が出てきた頃に念願叶って食器棚を購入しました。部分によってわざと違う材で組まれていたりするのも気に入っています。

2021年10月15日(金)からIDÉE TOKYOではじまる二階堂さんの作陶展「経年美化」では、二階堂さんの作品を使い続けている方々からお借りした愛用品を展示して、日々使うことで新たな表情を纏った器の様子をご覧いただけますが、なぜ今回のような展示をしたいと思ったのでしょうか?

陶芸家として初めて個展をしたのが23歳の頃。百貨店だったのですが、当時、いや今もかもしれませんが、汚れたりするとクレームがくるから変化しないようにと言われました。磁器ならば変化しづらいですが、陶器となると確実に変化します。自然の性質を押し曲げて変化しないように制作するのは苦痛でした。本来変化するのが当然で、そこに魅力があるのが陶器。日本の茶の湯の器達も、使うことで育ち、人に引き続がれて愛でられてきた。そうした価値観や感性はとても尊いものだと思うのです。

自分がつくっている器達は土を焼きしめただけのものが多いです。当然使いはじめると直ぐに変化する。ただそれでも気にせずに使い込んでいくと良い艶を出してくれます。先人達が育んでくれた価値観や感覚をもっと大事にしたい。

美術館に収蔵された過去の名作達を使うことは難しい。美術館の使命の一つに保存するということがあります。当然ですが、その名品達の多くも使い育てられてきた器達です。今つくった器は完成ではない。他者の手に渡り、その人が使うことで育つ。使い込まれた器の欠けも美しい、漆で継ぐこともできる。使い続けるうちは終わりがない。それを可視化できる展示は今までなかったと思いますし、より多くの方々に知ってもらえたらと思い、この展示をすることにしました。

今回出品していただいた器達は17年前に初めて発表した錆器の器から、つい最近の器まであります。家庭からレストランまで場所も使われる頻度も年数も育ち方もさまざまです。これから器を手にとってくださる方が、器を使うのが楽しくなる展示になれば嬉しいです。

photo : Akihiro Nikaido,
interview : Natsu Niikawa, Takatoshi Narita, Megumi Kobayashi
Interviewed in September 2021.

二階堂 明弘にかいどう あきひろ

陶芸家/1977年札幌生まれ。1999年文化学院芸術専門学校陶磁科を卒業、2001年独立(栃木県にて)。 2010年より「陶ISM2010」企画・開催。2011年の震災で「陶ISM2011」を中止し、仮設住宅に直接、陶芸家のうつわを届ける「陶ISMウツワノチカラProject」を開始。「次世代のEnergy」(益子陶芸美術館メッセ・茨城県立陶芸美術館共同展 2013年)、現代陶芸展「現象」(茨城県立陶芸美術館 2014年)、個展「侘びと今」(ニューヨーク・Globus茶室 2015年)、茶の湯を通し日本文化を表現する「侘びと今 -輪-」(ニューヨーク各所 2016年)、「1月と7月」にて個展(パリ 2018年)。2019年「侘びと今 -散-」をニューヨーク各所で開催。年10回ほど個展を開催し、ニューヨーク、パリ、ロンドン、台湾、香港、北京、上海など海外でも多数開催している。