Artist Interview

#01 柚木 沙弥郎

柳宗悦との出会いを機に染色家芹沢銈介に弟子入りし、染色の道を志す。98歳を迎えた現在も現役のアーティストとして活動し、日本民藝館をはじめ国内での展示、またパリでの展覧会も行っている。鮮やかな赤や藍色、やわらかな緑や水色など豊かな色彩で仕上げられた作品は、どれも伸びやかで活力に溢れたものばかり。創作活動は染色に留まらず、リトグラフや銅版画、ガラス絵、絵本など多岐にわたり、人々を魅了している。

代々木公園近くの閑静な住宅街に建つ落ち着いた佇まいのアトリエを兼ねたご自宅に伺い、作家・アーティストとしての活動、そして柚木さんにとってのLife in Art(日常芸術)について、話を伺った。

作家・染色家として活動を始めたきっかけを教えてください。

僕の家は絵描きだったもんでね。職業を考えるときに自由だったんです。まわりに絵描きが多かったもんだから、絵描きじゃない仕事がしたいと思ってね。それで大原美術館に勤めたんですよ。そしたら、大原美術館の館長の武内潔真さんが家具だとか食器だとかそういうものにも興味を持っていてね。当時はアートと呼ばないそういうものを、身の回りに置いて愉しむという生活、それが良いと思ったんです、とても。それが作家になる動機ですね。私が22~23歳のころです。

実際に使っているものと、それを囲む生活、そういうものが非常にマッチしてね。今日は濱田庄司さんの茶碗でお茶飲んでみようとか、そういうことはとても親近感がありましたね。

そういうことをもって工芸をやりたいと思って。工芸の中では芹沢銈介がやっている染色が一番近いんじゃないかと思って、柳先生に紹介状をもらって出かけて行って、芹沢になにか手伝っていける仕事はないだろうかと相談にいったんです。それが作家になる最初ですね。

染色だけでなく、絵を描いたり版画を作ったりアーティストとしても幅広い活動をされていると思うんですが、作品を制作するうえでのインスピレーション、大切にしていることや心がけていることはありますか?

私の好きな作家にアメリカ人のベン・シャーンがいます。ベン・シャーンの作品を見ると、ごみの缶だとか、ヒモが束ねてある巻いてある、そういう普通の日常の中のものがちょいちょいよく出てくるんですよ。細かい身の回りのもの、直に触れ合っているものを題材にして、一部描いている。そういうことは今まで考えていなかった部分ですね。だから、道を歩いていてもひとの足元とか、着ているものとか、道の標識とか、部分的なものに興味を持つようになりました。

アーティストとして、生活者として、暮らしにおけるアートの存在をどのようにお考えですか?

私の家はアートだらけだったもんだから特別に意識したことはなかったけどね、玄関にあった「スカパンの悪だくみ」って絵には非常に興味を持ったし、写楽の大首絵なんかも子供のころからみていましたね。生活とアートというのが結びついている環境にいたからね、特別アートを生活の中に取り入れたらどうだろう?って考えたことはなくって。風邪をひいて寝てるときなんか、子供の部屋だろうと何だろうとの絵がかかっていましたから、そういうものが押しかぶってくる感じがして怖かったですね。アートと生活が密着していましたね。だから特別にアートがどういうもんかっていうのは考えたことがないね。

日常の中にアートを取り入れる暮らしの提案は、イデーの大島さんとかれこれ10年ぐらい取り組んできているけれど、その間にずいぶん世の中が変わってきたと思う。自分が気に入ったアートを家に持ち帰って、インテリアの一部として使うという、だんだん家の中での生活を考える時間ができてきたんですね。それは大きな進歩だと思いますよ。

アートと生活ってものが密着し始めてきたのだと思いますね。ポスターだとかリトグラフだとかそんなに値段の高くないものから始めたり、あるいはマグカップだとか生活の道具を自分で選んでくる、そういう積極性みたいなものが、世の中でだんだん普通のことになってきていると思うんです。家具っていうのはなかなか値の高いもんで一生にそう何度も買えるもんじゃないけども、そういうのに近づいて身の回りが整っていけば、とても楽しいことだと思います。

ご自宅にはたくさんのアートを飾られていますが、その中でも特に思い入れのあるアート作品やアーティストを教えてください。

アンリ・マチスですね。晩年の彼の切り紙の仕事は、健康上、身体の自由がきかなくなって始めたものだけど、マチスの一番いいところ、色・形というものの組み合わせ。ニースにあるマチスの教会堂によく表れているんだと思うけど、端的な色や形というもの、そういうのに僕は一番興味がありますね。

柚木さんにも展覧会をお願いしていますが、2021年7月9日(金)からスタートする"Life in Art Exhibition"を、どのように楽しんでもらいたいですか?

なかなか飛びつきにくいものもあるかもしれないけど、いろんな作家の作品の何か一点、自分が気に入ったものがあれば、そういうものから手に入れて、それを愛する、愛着を持つ。そこにやっぱり特別なものに対する愛情、人間に対する愛情、そういうものが込み入って、生活の質があがっていく。そしたら社会もきっと良くなる、そういうことを望みますね。車の色や形、ボディに描いてある絵。そういうものがある一線を飛び越えてグラフィックの模様として世の中に存在感を持つと、街全体が締まってくるような感じがする、そういう風な世の中になってほしい。

photo : Shinsui Ohara,
interview : Megumi Kobayashi, Tadatomo Oshima
Interviewed in June 2021.

柚木 沙弥郎ゆのき さみろう

染色家。1922年東京生まれ。柳宗悦が提唱する「民藝」との出会いを機に、芹沢銈介に弟子入りし染色の道を志す。1955年、銀座のたくみ工芸店にて初個展。以降50年以上にわたり制作を続け、数多くの作品を発表する。フランス国立ギメ東洋美術館、日本民藝館をはじめ国内外で展覧会を開催し、好評を博す。

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